self identityと記憶

identityとかいうと、今ではすっかりネタになってしまった中田氏の自分探しの旅とかってのも思いおこされますが

それはさておいて(笑)

 
恩田陸さんの「象と耳鳴り」を読んで、未来に探すほうではなく、いまの自分を確立しているものについて考えさせられてしまいました。

 
この本は短編集で、電車に乗る時間が長くて暇つぶしに、たまたま買っただけなのですが(たいてい海外ミステリーとかしか読まないので)先頭に「曜変天目の夜」という話が入っています。
これは、友人が記憶を失っていき(認知症のような形で)毒を飲んで自殺ししてまったのではないか(?)という想いに行き当たる・・・といいう話ですが
いつのまにかこのミステリーに引き寄せられてぐいぐい読まされてしまいました。
電車降り忘れるくらいに(笑)
主人公が「最後まで自分自身だ。どんなに変貌しようとも、家族さえ見分けられなくなっても(略」
・・・と最後は言い切って結んでいますが・・・。
記憶をバックボーンに生きているわたしたちのその記憶が曖昧になったとき、わたしなら生き続ける方を選べるだろうか?

 
そんな想いがいまもずっしりと、胸のなかにあります・・・。

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